偏好文庫-「好き」を解釈し続けるメディア-

いろんな“好き”を愛するための(ひとり)メディア、偏好文庫です

HAUSNAILS『Fantasy』

素性を明かさないミステリアスさを売りにしたアーティストが人気を集める反面、“等身
大”という言葉は歳若いミュージシャンを売り込む際、現在に至るまで都合よく使われ続けているフレーズだ。メンバー全員が 1999 年生まれの4人組ミクスチャーロックバンドHAUSNAILSは、最も“等身大”から近い場所に佇みながらもその期待を真っ向から裏切るアプローチで存在感を示す。

古代中国思想で神獣として祀られる“四神”をテーマに、メンバーそれぞれが作詞作曲を務め持ち寄った4曲は、月並みな言い回しを使うならば個性そのもの。リードトラック『ジャンプスケア』には平清澄(Vo/Ba)による歌謡曲的なメロディセンスと歌詞の言葉遊び、そして細やか且つ大胆なトラックメイキングがこれでもかと詰め込まれ、正にロックバンドらしい“勝負曲”といった趣きを示してくるが、九野ヒロ(Dr)が作詞作曲を務めた『獰猛』では恋の駆け引きをスウィングするジャズやフュージョンサウンドを駆使した音像とツインボーカルによるスリリングなボーカル回しで表現。

八重樫藤丸(Gt)によるメロコアナンバー『プラズマ』ではロックバンドとしての演奏力の伸びしろの多さに嘆息させられる。更に目を見張るのは、4曲目に配置された源壱将
(Vo/Gt)作詞作曲による『水泳8級』。タイトルからは想像もつかないシンプルで壮大な
ロックバラードになっていて、通して聴くとそのバラエティの豊かさに「今の自分たちな
らなんだって出来る」という自信を言外に見せつけられたような痛快さだ。

メンバーそれぞれのロマンティシズムと、今という時代を生きる若者たちのリアルな感情が結晶化された、“等身大”でありながらもそれ以上の熱情を湛えた渾身の4曲。

 

※引用元冊子はこちらを参照↓

偏好文庫/偏光レコード on Twitter: "管理人イガラシが“知る人ぞ知る”インディーバンドへインタビュー。全く新しい音楽評論誌『The b00k』が発刊されます。 vol.1は5月28日開催のオンライン同人誌即売会『Booknook』にて頒布。本書に登場するミュージシャンの実在は是非お手にとってご確認くださいませ。 #本隙528 https://t.co/QlcO5IjZJ2 https://t.co/8dW93XuuXu" / Twitter

Hudie『アジ』

今最も音楽フリークが注目しているシンガーは誰かと言われたら、迷わず Hudie(フーディエ)だと答えるだろう。人気音楽番組で音楽プロデューサーの古河内音叉朗が絶賛したデビュー曲『お前の話なんて聞いてない。』の MVが1ヶ月で1億回再生を突破した、正体不明のシンガーソングライターだ。

素性は不明、素顔は長い前髪とパーカのフードでほととんど隠され、年齢も性別もわからないその謎めいた姿に、なにものにも縛られず流動的な存在でありたいという願望を現代の若者たちが投影するのは当然だろう。SNS での歯に衣着せぬ物言いにも注目が集まる 彼/又は彼女のメジャー1st EP のタイトルは、“アジテーション”を意味する『アジ』。鯖缶を想起させるパッケージを用いたジャケットがいかにもユーモアのある印象を掻き立ててくるが、一度聴いたら忘れられない巧みな歌メロと中性的な色気のある歌声がロックにシューゲイザー、ジャズにポップスとジャンルを飛び越えて表現するのは、Hudieの持つある種キャッチーな“新時代のカリスマ”像からは想像も出来ないほどに濃密な死生観、生と性と死を赤裸々に語る言葉たちだ。

中でも狂気の煽動者と泥をかき混ぜる攪拌機のダブルミーニングが込められたリードトラック『マッドアジテーター』には脱帽。どろどろと渦巻く正に泥濘のようにグロテスクなモチーフの中から咲き誇る蓮の花の如き生命力は、決して15秒のSNS動画では消費しきれない。

 

※引用元冊子はこちらを参照↓

偏好文庫/偏光レコード on Twitter: "管理人イガラシが“知る人ぞ知る”インディーバンドへインタビュー。全く新しい音楽評論誌『The b00k』が発刊されます。 vol.1は5月28日開催のオンライン同人誌即売会『Booknook』にて頒布。本書に登場するミュージシャンの実在は是非お手にとってご確認くださいませ。 #本隙528 https://t.co/QlcO5IjZJ2 https://t.co/8dW93XuuXu" / Twitter

【未公開】2023年注目の新生インディーズバンドにインタビューをしました【期待の新星】

お久しぶりです、管理人イガラシです。

このたび、音楽ライターとしてとあるインディーズバンドにインタビューをさせて頂く機会がありました。

ただ、このインタビューが商業誌には掲載できないことになってしまったので、偏好文庫で私家本として通販で頒布することに致しました。是非より多くの方に手に取って頂き、彼らの才能を知ってもらいたいので、こちらにインタールード文を掲載致します。評論みたいな感じでさらっと読んで頂き、ご興味がありましたら本書を手に取ってもらえたら幸いです。

※本の詳細は文章の最後に掲載しています※

 

以下、本からの引用です。

 

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変容のないものなどこの世には存在しないのが常 だが、古くより文化や芸術の発信地として知られる この街でも、昨今大きな変化が訪れている。 下北沢。一昔前には個人経営の古着屋やゲームセンター、近隣住民から親しまれる金物屋洋品店などが数多く軒を連ねる商店街が駅を中心に四方へと伸びていたが、ここ数年でチェーン展開する店舗が各段に増えた。その代わりに、鉄道会社によって開発された高架下に新進気鋭の個人商店が集まる ようになったが、新しいことを始めようとするひと の行動を大きな資本が後押しするのは、裏を返せば大きな力が後ろ盾に立たない限り、小さな個人を表舞台に立たせ続けることは難しいということなのかと感じてしまう。 そしてまたひとつ、丸腰の小さな個人による新たな時代のうねりが、とてもささやかだが、しかし大きな一歩として動き出していた。

「活動の拠点になっている下北沢の街を歩きなが らインタビューを受けたい」との要望を受け、南口改札前で対面したHAUSNAILSの4人は、拍子抜けするほどに素朴な好青年たちといった印象だった。ストリートやモード系といったファッションに分類されそうな服装に身を包んだ今風の見た目の彼 らだが、顔を合わせるや否や4人揃って、まるでお辞儀の深さを競うかのように深く深くお辞儀をし て挨拶をしてくれたのが印象的だった。

今年××月に初のワンマンライブを控えたロックバンド、HAUSNAILS。2016年の結成以来、1年間の活動休止期間を経て、2020年よりライブ活動や楽曲のリリースを本格化。下北沢を拠点に都内を中心としたライブ活動を精力的に行う彼らの現時点の最高傑作と言っても過言ではないEP が、丁度ワンマン1ヶ月前となる先日リリースされた。タイトルは『Fantasy』。メンバーそれぞれが作詞作曲を担 当した4曲が収録されているという時点で4人の知力体力が尽くされた作品であることは間違いないが、古代中国思想の“四神”をコンセプトとし、楽曲それぞれが青龍、玄武、朱雀、白虎と呼ばれる神獣をテーマに制作されたという、かなりの意欲作だ。 ミクスチャーロックをベースとした作風だがいわゆる“ロックサウンド”の枠にとらわれず、シンセサ イザーの音色の強い打ち込み音源やピアノの旋律、 さらに表現においてもツインボーカルによるハモリやスリリングな掛け合い、若手バンドらしいポップで疾走感のある楽曲から歌謡曲やジャズの影響を感じるアダルティな世界観など、楽曲ごとに新たな要素を呑み込み別の表情を見せる貪欲さには刮目せざるを得ない。(本誌に続く)

 

偏好文庫/偏光レコード on Twitter: "管理人イガラシが“知る人ぞ知る”インディーバンドへインタビュー。全く新しい音楽評論誌『The b00k』が発刊されます。 vol.1は5月28日開催のオンライン同人誌即売会『Booknook』にて頒布。本書に登場するミュージシャンの実在は是非お手にとってご確認くださいませ。 #本隙528 https://t.co/QlcO5IjZJ2 https://t.co/8dW93XuuXu" / Twitter

【店主ご挨拶】2022年ライブ、イベント、舞台鑑賞こぼれ話まとめ

はじめに

お世話になっております。偏好文庫店主のイガラシです。気がつけば年末、思い返すと今年はあまり記事を更新できませんでした。更新頻度に関しては方向性を改めたために定期連載コーナーの更新がなくなったというのもあるかとは思いますが、店主が水面下で大きめのプロジェクトを進めており、そっちに時間を費やしすぎてしまったというのが大きいです。そちらに関してもお報せできるような状態になったらこちらでもお報せしますので、何卒ご容赦くださいね。

それとなのですが、昨年は行った今年リリースのベスト作品レビューみたいなものを、今年からは選出するのをやめようと思います。これは別に店主のスケジュール管理がへたくそなあまりに時間がなくなったためではなく、きちんとした理由があるのですが、まあ詳細は年明けにでもまたきちんと記事の中で綴れたらなと思います。

(※2023年1月14日追記:上記の『2022年ベスト作品レビュー選出するのやめた』という話をnoteの方で書きました。よろしければ是非。→#今年のベスト音楽 を選ぶのをやめた|イガラシ/五十嵐文章|note

 

その代わりにと言ってはナンですが、今回は今年のイベント鑑賞・参戦の振り返りでもしていけたらなと。全部振り返っていったら年が明けてしまいそうなので、印象が強かったものをかいつまんで。今年は割と今までの人生の中での鑑賞体験と比較しても、自分的に珍しい体験をすることが多かったです。

 

本文

まず最初に、普段あまり行かないアコースティックライブに2回も行きました。人生最初のアコースティックライブの鑑賞経験は約10年前、大学生の頃に椿屋四重奏を解散してソロデビューしたばかりの中田裕二さんのカバーライブを観たあの日以来、普通のライブの構成の一部としてのアコースティックパフォーマンスは目にしても、わざわざアコースティックライブを観に行くことはそれ以来なかったですね。基本的にフロアで頭ブン振り回して大暴れするのが好きなので(低血圧の眩暈持ちのくせに!!!)、バンド編成のライブが大好物なんです。

 

その10年ぶりのアコースティックライブ観賞は、今年2月のバレンタインでした。場所は品川の歴史ある教会、有村竜太朗さんが一昨年から行っている、鍵盤とヴァイオリン、アコーディオンとアコギのみで構成されたアコースティックライブです。なごり雪を踏みしめながら歩いた並木道の途中に、曇り空に溶け込むようにして佇む真っ白な教会。会場内ではSE代わりに讃美歌が流れていて、座り心地のいいクッションの置かれた木製の長椅子に腰掛けて見上げた先には大きなパイプオルガンと白壁に映し出された光の十字架があり、想像していた以上に教会!!! という感じの空間でした。


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ステージに現れた有村さんは、金糸の刺繍の入った黒いお衣装を身に纏って、高い椅子に腰かけエレアコをつま弾きながら歌ってくれました。艶やかな長い黒髪の間で光る大きな耳飾り、時折小首を傾げてギターに頬杖をついて歌う姿。パイプオルガンにも負けない声量と輪郭のつかめない浮遊感が共存する歌声。シューゲイザーバンドのボーカルの歌声はやはり歌、というより楽器、なのだなと感じられました。ヴィジュアル系バンドのボーカルが教会で歌っているというよりは、異郷の神聖な儀式を見届けたかのよう。

彼がボーカルを務めるPlastic Treeを追いかけ始めてから、今年でもう11年目とか。こんなに時間が経ってもこんなに新鮮な体験ができるだなんて、贅沢すぎる。


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(昼飯代わりだったフォンダンショコラ。ぼっちでも最高のバレンタイン)

 

4月には大好きなKEYTALK首藤義勝さんの弾き語りライブへ。ボーカルの相方である巨匠は定期的に弾き語りライブをしている方なのですが、よしかつさんがギター1本で歌うのは希少な機会だったので心して会場の新宿ロフトへ向かいました。天気は生憎の雨。


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滑りそうな階段を下りた地下のライブハウスはバーカウンターもあるアメリカンな空間で、丸椅子で100人ぐらいの小規模感にまず面食らっちゃった。

時間ぴったり、『物販』を出囃子に登場するのは、いつものKEYTALKのライブの時と同じ。何もないシンプルな舞台の上で、大きなアコギに身体を預けるようにして歌う姿がなんだか新鮮でした。彼は睫毛が長くて濃いひとなので、伏せた睫毛が頬に影を作ってその様子もとても美しい。左肩が下がる癖のおかげで首筋のシルエットが綺麗に照明に映えます。

店主が行き損ねた初回の弾き語りライブではカバー曲なども披露されたようなのだけれど、この回は未発表のオリジナル曲やKEYTALKの曲が多かったです。バンドでバチバチに戦っている時とはまた違い、じっくりと歌声を聴き込めるのがいい。吐息の多い儚げな歌声だけれどしっかりと芯があって、でも輪郭は空間に溶け出していくような、独特の柔らかさがとても魅力的でした。絹のようなヴィブラートが綺麗。

緑茶ハイ(缶)を次々空けたり、日程の近い巨匠の弾き語りライブのセトリを徐に調べ始めたり、ステージ上に突如現れた蚊に「ねえ君渋谷の時も来てたよね?チェルシーホテルの時……」「すみませんね、常連みたいで」と話しかけ始めたりと自由でゆるい中に品の良さを感じるMCも素敵。定期的に続けてほしい。


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(夕飯のカレー。美味。)

 

今年は絵画や写真などの展覧会を見に行くことも多かった。直近でも萩原朔太郎の展示や印象派後期のシダネルとマルタンの特別展など色々見たのだけれど、ミュージシャン関連の展示というなかなか珍しいものを見る機会もありました。

3月には激推しDannie Mayが結成3周年を記念して開催した、過去のアートワークの原画などを展示するイベントにお邪魔。表参道の雑居ビルの小さな白いお洒落ギャラリーにDannie Mayの波瀾万丈の3年間が凝縮されている感じ。


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彼らは音源のジャケットデザインをメンバーや画家の方などが手書きの油絵やコラージュで行っていることが多いのだけれど、原画の展示にはかなり興奮した! デジタルリリースが当たり前になっている昨今、ジャケットを手にすることすらほぼないから余計にグッとくる。MVで使用された小物類や、MV制作時に監督を務めるメンバーのYunoさんが作った紙資料なんかもあって、こんなん世に出していいのか!? と狼狽えてしまった。オタクこういうの大好き。叶うことなら一字一句時間をかけて全部読みたいところ。

何が贅沢って、僕がお邪魔した時間帯は他にお客さんがおらず、在廊していたメンバーのタリラくんが懇切丁寧にガイドしてくれたこと。MVの出演者が最初はメンバーの友達ばかりだった話や楽曲の制作の裏側、スランプだった時期のことなどちょっとしたインタビューかなというボリュームの話が聞けたのは本当に贅沢だったと思う。個人的にツボだったのは彼がYouTubeに公開している『落語にビートをつけてみた』という音源は横浜のスタバでPC1台で完成させたという話、それと入り口の辺りに展示されていた活動年表に書いてあった「Dannie May以外のバンド名の候補は“マイケル関東”だった」というエピソードです。


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(写真撮らせて頂いたのだが眩すぎて光を放ってしまった。オタク終始デレデレしていた気がして思い返すと恥ずかしくて仕方ない。)

 

真夏の早稲田で開催された、有村竜太朗さんの写真展『幽園地』も印象的だった展示。有村さんがお写真を撮られたというわけではなく、彼は被写体とプロデュースを手掛け、寫眞館ゼラチンさんという方が撮影を手掛けた写真の展示会なのだけれど、これは一生忘れられない経験になった気がする。


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早稲田のキリスト教関連の周辺施設の一部の、古い教会の地下にある小さなギャラリー。とある敬虔で聡明な女性が、亡くした旦那さんのために建てたという煉瓦造りの教会の地下に位置する扉をくぐって中に入ると、“調度品”という言い回しがよく似合うヨーロッパのお屋敷のリビングルームのような装飾の空間が広がっていた。その空間の一部となるように、絵画のように転々と展示される有村さんの映ったお写真。長野にある廃墟と化した遊園地で撮影されたというその写真は白黒とセピアで映されていて、今どきの高解像度のデジタル写真とは一線を画していた。まるで目に映った、心で感じた景色がそのまま記録されているような、ある意味でリアルな写真。幽霊のような白い洋服を身につけた有村さんの肌は解像度が低く人形のように平坦なのに、見れば見るほど人間味を帯びて見えてくるのがすごい。会場で流れていたのは有村さんが作曲されたアンビエントミュージック。暗闇の中スマホライトで照らしながら写真を眺めることができる、夜の美術館みたいな空間もあってとても楽しかった。真面目な感想は先日公開したお蔵入り記事で詳しく書いているのでもう割愛するけれど、薄暗いギャラリーから炎天下のアスファルトに戻り、有村さんも以前食べたという近くのたい焼き屋さんのたい焼きを食べながら路地裏を野良猫のように歩き回り、電車を乗り継いで辿り着いた中野ブロードウェイの本屋で本を買い漁って商店街のカフェで開いたあの一日は、まるで大学の図書館に入り浸っていたあの学生時代の夏休みを思い出すような豊かな時間だった。たとえひとりでも人生の時間はいくらでも楽しめるのだ。もう少し頑張ったらひとり旅もできるかもしれない。


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音楽に関するイベントについてはフッ軽でお馴染みの店主ですが、今年はそれ以外のイベントにも足を運ぶことが増えました。故あって元々好きだったオカルト系のコンテンツに再び触れる機会が多かったのだけれど、中でも大好きな都市ボーイズのトークライブに行った。

ご存知ですか、都市ボーイズ。放送作家ふたり組のコンビで元々はポッドキャストで発信をされていて、今はYouTubeで活動されているのだけれど、とても興味深く聡明なお兄さんたちなのだ。新宿区歌舞伎町育ちで陰謀論や都市伝説に明るい岸本さんと、呪物コレクターとしても知られ巧みな話術であの稲川淳二氏主催の怪談コンテストで2回グランプリを獲得しているはやせさん。字面だけで書くと今は亡き2ちゃんのオカ板感満点のひとたちだが、そのスタイルはいろいろなひとに直接根気よく話を聞き、足を使って調査し、様々なひとたちに配慮しながらも僕たちのような物好きに怖い話や不思議な話を平熱で的確に教えてくれるという、なかなかジャーナリストや探偵のような鋭さなのだ。


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イベントの会場は渋谷のロフト9。女性人気も結構高いおふたりに相応しいオサレカフェな外観のライブハウスで、閉店ギリギリまで2時間以上ふたりきりで喋り倒されました。お話が面白いのは当然のこと、彼らはとても仲が良いので彼ら特有のグルーヴ感みたいなものがあって、それにフィットしてしまうとなんだか癖になってきます。まるで決して熱血ではないけれど、学生から謎の人気のある先生ふたりが職員室で楽しげに談笑しているのを覗き見ているような感覚。正直トークライブというものがあんなにエキサイティングなものだとは思っていなかったです。お話の内容に関しては取材対象の方などへの配慮のためにここには記載できない内容が多く口惜しいのだけれど(※一部は既に許可が取れたのか動画になっているものもあり)、それ以外にも楽しい場面が沢山ありました。前日に誕生日を迎えた岸本さんに舞台の上ではやせさんがプレゼントを渡し始めたり、とある行動を会場のお客さん全員で実践することになりまるでライブのコールアンドレスポンスよろしく謎の盛り上がりを見せたり。はやせさんは一見おっとりふわふわされているかと思いきや突然お客に喧嘩売り始めるマイペースさだし、時折閉店時間や空調などを気にしてライブハウスの店長さんとやり取りされたりしていた岸本さんは仕事、できる大人……!!! という感じで、実際に目の前にすると更に彼らを好きになってしまいましたね。真夏の秘密集会。


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(集会なので正装。)

 

秘密集会はハロウィン後の11月にも。ずっと気になっていた劇団、虚飾集団廻天百眼の本公演を観に行きました。人生初アングラ演劇鑑賞。YouTubeのおすすめで偶然耳にしたサントラがかっこよすぎていつか観に行きたいと目論んではいたのですが、この時期行きたかったライブのプレミアチケットを悉く取り逃してしまい、半ばやけっぱちで浮いてしまったチケット代を注ぎ込み阿佐ヶ谷の地下劇場へ乗り込んだのでした。


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物語は人魚やゾンビ、吸血鬼など人ならざる者たちが肩を寄せあって暮らす教会に家族を殺された半神半人の少女が迷い込み、そこの住人たちとの交流と異様な信仰の様子が描かれるダークファンタジー。天井の配管は剥き出し、木造の壁や簡素な階段桟敷も相まって見世物小屋のような雰囲気がとても新鮮。血糊が飛ぶからと前方のお客さんたちにビニールカバーが配られるのを見て正直ビビったのですが、そんな杞憂は舞台が始まったら一瞬で飛んでいきました。

とにかく登場人物のキャラクターデザインが可愛い! 美しくてフェティッシュな衣装を身に纏ったお姉さんお兄さんたちが舞台狭しと踊ったり歌ったり殺陣を披露したりしている様を見ているだけで楽しいです。それもそのはずキャラクターデザインはサブカル好き、百合好きの間では有名なあのイラストレーターのヨシジマシウさんが手がけてらっしゃる。テーマこそシリアスで血糊もびちゃびちゃ飛び散るけれど、随所にジョークや品を捨てきらない下ネタが散りばめられていて、軽快でコミカルなのでとっつきやすかったです。オタクならわかってくれると思うのだけれど、Gファンタジーに連載を持っているガロに影響を受けた漫画家の作品が2.5次元舞台になった、みたいな感じ。ストレートプレイとミュージカルの間のような演技が主なのでミュージカルの突然歌い始めるあの感じが苦手な僕でも入り込みやすかったし、音楽は生演奏でずっとかっこいい。何より演者さんたちの熱演で、本当に登場人物たちがそこに存在しているかのような錯覚を起こし、この世の果ての不思議な世界に本当に迷い込んだかのような気分になれました。あの異界の祭りに紛れ込んだような謎の高揚感は是非誰かと共有したい。友人各位、来年の本公演は一緒に行きましょう。


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(正装、その2)

 

まとめ

『ヴンダーカンマー』と言われるものに憧れがあります。ドイツ語で「驚異の部屋」「不思議の部屋」という意味の言葉で、貴族が世界中の変なものを集めては壁や棚に飾って自分だけの道楽部屋を作ったというような文化だそうです。

まだまだ世界の先行きは不安で、辛いことや迷うことが沢山ありますね。それはなにも海の向こうの遠い国での出来事や、終わりの見えない疫病に限ったことではなく、生きていくということは理不尽なことやちょっとした地獄とも向き合い続けなければならないということです。そんな時に、自分の脳味噌の片隅にでも、ヴンダーカンマーみたいな場所があったら救われることが増える気がします。自分が好きなもの、今まで見てきた素晴らしい芸術や怖いもの見たさで目にした物語、叶わなかった恋。自分以外の誰かから見たらがらくたかもしれないけれど、自分にとっては宝物のようなものや記憶や体験が、誰しもに必ずあると思います。それらを壁中に、棚中に飾り付けた部屋をシェルターのように頭の片隅に作り上げたら、ちょっとだけ軽やかな気持ちになれる気がするんです。

来年も引き続きいろいろな経験をして、部屋の壁をもっと極彩色に飾り付けられたらいいな。同人誌即売会とかにも参加したい所存。流石にコミケは遠慮しておきますが……。

 

 

 

 

円劇

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Dannie May『五行』

2019年頃活動開始した3ピースインディーズバンド、Dannie May。メンバーはギターボーカル、DJ兼映像監督、キーボードボーカル兼トラックメイカー、しかも3人ともボーカルを執るという異色のバンドである彼らにとって初のコンセプトEPは、中国思想の五行説がテーマだ。一度聴いたら癖になるトラックメイキングの巧みさやMVとリンクしたストーリー性などにも注目したくなるが、彼らの主軸はやっぱり歌。活動初期には3人によるハーモニーを打ち出していたが、今作では三者三様の歌声の強さや色気が、時に美しいコーラスで、時にブレーンストーミングでもしているようなスリリングな掛け合いで、存分に打ち出されている。

万物流転の壮大なテーマの中で描かれるのは、現代の若者たちが生きる“今”。夢を追っても愛を語っても災害や疫病、政治の諸々なんかにひと吹きでかき消されてしまうその儚い生命を必死に生きる気概が、決して力むことなくポップに、しかしテクニックだけでは説明できない切実さを持って詰め込まれている。彼らを見ていると、全ての物事は五行説に用いられる5つの元素のように互いに影響し合っており、たとえ徒労に思えたことであっても、意味のないものなどないのだと思えてくる。

ラストトラック『黄ノ歌』のワンフレーズである「持たざる者のアドバンテージ」という言葉が僕はとても好きだ。彼らが活動初期に掲げていたキャッチコピーの一部、「弱者である3人」という言葉を思い出す。弱き者たちの反撃以上に、この世に面白いものはない。

 

 

五行

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tomomi『つれないほど青くて あざといくらいに赤い』1,2巻(集英社、2021~)

ピチピチの学生時代ははるか遠くなり、最近はティーンが主人公の恋愛漫画なんて、なかなか素直に楽しめなくなってしまった。たかが高校生が恋愛に人生を懸けるなんて……と、ついヒネクレてしまう。

アプリ『となりのヤングジャンプ』で連載中の本作。病的なまでの好奇心を持て余している主人公・アラタは転校初日に出会った謎めいた先輩・速水ミハヤに一目惚れ。その人は在籍中のいち生徒でありながら学校の七不思議のひとつに数えられているほど、素性どころか性別すらも不明な“生ける怪異”のような存在だった。ある種の信仰対象とも言えるほどの学校の人気者である先輩となんだかんだで距離を詰めていくアラタだったが、彼/または彼女に持ちかけられたのは「私が卒業するまでの1年間、君が“ケダモノ”にならなければ正体を明かす」という条件だった。

主人公はいわゆる好きな相手と恋仲になることよりも、“好きな人の全てを知る”ことに至上の快楽を感じるある意味での変態だが、それ以外は本当に純朴な好いヤツだ。だからこそ、速水先輩の蠱惑的さ、そして存在としての異常さが際立つ。決して“普通”の恋心を描く物語ではないが、普通でないからこそ、普通の青春恋愛漫画を楽しめなかった人をも掬い上げる懐の深さと恐ろしさを感じる。悪魔的なまでに色っぽい仕草で先輩が囁く、「この恋心に人生を賭す覚悟があるのなら」なんてクサい台詞にも、薄っぺらい“共感”ではなくあくまで追体験としてなら全力でドキドキできるはずだ。それはもしかしたら、吊り橋効果的な“ドキドキ”かもしれないけれど。

 

 

 

有村竜太朗「寫眞館GELATINによる幽園園寫とその幽園舞台 寫眞展『幽園地 / yûenti』」(22年7月28日〜8月1日、早稲田スコットホールギャラリー)

ヴィジュアル系シューゲイザーバンドPlastic Treeのボーカル有村竜太朗を10年以上撮り続けている写真家・寫眞館ゼラチンが、東北の廃遊園地で彼を映した連作写真を展示する写真展。会場は敬虔なキリスト教徒であったとある女性が、伴侶を弔うために建てたという教会の半地下にあるギャラリー。真夏の白昼に映える煉瓦造りの洋館の小さな白い扉をくぐると、秘密部屋のような想像以上に広い空間が広がる。


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会場は3つのゾーンに分かれており、それぞれのエリアに合わせた有村手製によるアンビエント音楽がBGMとして流れている。ギャラリーの奥には照明が暗転された部屋もあって、そこでは展示写真をスマホライトで照らしながら鑑賞するインスタレーション的な試みも。

寫眞館ゼラチンの写真は、現実を鮮明に映し出すいまどきのデジタル写真とは一線を画していて、目に見えた景色の質感を映し出す“体感的に”リアルな写真だ。そして、すべての展示写真の根源に漂っていたのは、Plastic Treeの音楽性ともリンクする淋しさだった。ヴィジュアル系のパブリックイメージとは一線を画す、日本の廃墟のような白昼のうら淋しさ。生命を全うした者たちの陽の気が、花が枯れるように朽ちていった残り香の淋しさ。

僕が一番印象的だったのは、『日々の泡』がテーマの連作のうちの一枚。藁の赤ん坊を乳母車にのせ、野原を往く白い衣装の有村の姿には、まるで己の幼気を探しに来たような、それとも捨てに来たかのような、得も言われぬ物悲しさがあった。


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円劇

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