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【店主的2021年名盤紹介・その5】GOOD ON THE REEL『花歌標本』

2021年ベスト音源、最後です。昨年ライブシーンの復興と共に良盤がめちゃめちゃリリースされたしインディーズバンドも意外と沢山デビューしてたりするから散々悩んだのだけれど、せっかくなので今一番誰かに聴いてほしいアルバムを選ぶことにしました。僕自身、最近時々途方もない不安に駆られて明日のことさえ想像出来なくなってしまう瞬間が訪れる時があるのだけれど、本当にヤバくなった時このアルバムに入っている曲達に支えられることが、きっとこれからもずっとあるのだろうな、と感じています。

GOOD ON THE REEL『花歌標本』(2021年6月リリース)

突然個人的な話をするのですがお許し頂けたらと思います。

ちょっと前まで所属していた職場の先輩に、音楽の好みがかなり合う方がいたんです。決して沢山会話をしたわけではなかったのですが、仕事の指導もとても丁寧で、新人で呑み込みの遅かった僕にもかなり根気よく話しかけてくださり、仕事の合間に好きな音楽について会話を交わすのもとても楽しかったです。

その当時いた職場は、辞めて冷静になった今思えばいわゆるなかなかの……ブ○ックで。まあ職業柄致し方ないと言えば致し方なかったのだけれど、その先輩は割とよく失敗をして、上司からお叱りを受けていました。後に僕も先輩と同じようなポジションについてしまうわけだけれど、そんななか、外回りの途中僕は先輩とGOOD ON THE REELの、当時最新曲だった『あとさき』の話をしました。

夕暮れの淋しい陽光が差し込む電車内で、あああと何時間したら家に帰れるんだろうなんて薄笑いを浮かべながら、先輩は「千野さんの描く歌詞は頭をポンポンしてくれるような優しさがあるから好き」と、少し俯き加減に言っていました。「この曲を帰り際、真夜中の電車の中で聴くと無条件に涙が出てくる」とも。


その翌々翌日、土日を挟んだ月曜日に、先輩は跡形もなく職場から姿を消しました。2年以上が経過し、僕もそこから離れた今でも、先輩の行方は杳として知れないままです。


未知の疫病が流行る前から、世界の何処かで新たな紛争が生じる前から、僕達の日常や肉体は決して盤石で当然なものではなく、いつ何に脅かされるかわからない不安定で儚いものだったのかもしれません。


GOOD ON THE REEL(以下グッド)はいろいろな苦悩を歌い続けてきたバンドでした。4年ぶりのフルアルバムだった今作でもいろいろな悩みや迷い、それを抱えたひとを抱きしめたり、背中を叩いたり、無言で隣に座っていてくれるような曲ばかりが詰め込まれています。これは今作に限らずここ数年の作品に言えることなのだけれど、インディーズでひっそりと支持されていた数年前まではそれらの苦しみ達が、どうしてもメインソングライターである千野さんの人生に密接に見えている部分が大きかったです。それでも『迷子センター』や『夕映』、『素晴らしき今日の始まり』、さまざまな曲がさまざまな苦しみを掬い上げてくれて、真夜中の家族も寝静まった部屋でヘッドホンから流れてくるそれらの曲に、千野さんの紡ぐ歌詞や歌に、どれほど支えられたか知れません。
それだけバリエーション豊かな言葉で生きる苦悩を綴り、時にセピア色の、時に色鮮やかな世界をたったの5人の音で描き続けてきた彼等だから、ここ数年で楽曲の中で描かれる世界観がより広くなったのは当然かもしれませんね。

それまで千野さんがあまり使う機会がなかった「わたし」という一人称が増え、女性目線の曲も増え、一人称に変化はなくともいろいろな市井のひとびとの生活が垣間見られる曲が増えました。特に今作は割とハッピーな恋愛の曲なども増えて、切なさや苦しみが相変わらず高い解像度で描かれている反面、可愛らしい曲も可愛らしさに思いきりギアを振り切っているように聴こえるためにアルバム全体がひときわポジティブでアグレッシブにすら思えます。ドラマや東京都の広報(!)とのタイアップがついている曲が多いというのもあるかもしれませんが。YouTubeの都の広告で『手と手』が流れてきた時まじびっくりしたよ。東京都さん、CMソングのセンスだけはまじでいいですね……(笑)

タイアップ作の1曲である『ノーゲーム』なんかバキバキのロックンロールで、こんな曲もやれるのか! と驚きました。歌詞の脱力感も相まって――ドラマの主題を汲んでいるからこその表現というのもあるかとは思いますが――グッドらしい応援歌だなと感じます。トラックの作り方も今まで以上にバリエーション豊富。


でもそんなアルバムも、後半の『目が覚めたら』で一気に空気が変わります。
この曲の主人公は、死期が近いらしいひとりの人物。白い天井を見つめることしか出来なくなって、物語の最後にはベッドにたくさんのチューブで繋がれてしまいます。

ああ、そんなところまで。と思いました。そんなひとの人生まで、彼等は掬い上げようとしてくれているのか。

詩の世界というのは本来小説や漫画と同じある種の物語なので、どんなお話でも描き出せるはずです。でもやっぱり、歌となると、作詞者が自分自身の身体を使って表現する場合が多い分、自分自身という“表層”から切り離すのが難しくなってしまうことが多いですよね。シンガーソングライターがスキャンダルを起こしたり、浮いた話題がすっぱ抜かれたりする度にそのひとが作ったラブソングがワイドショウのBGMに使われるのを見ているだけでもよくわかります。歌の世界には私小説が溢れているんです。
でも、このアルバムで彼等はそんな固定観念を越えようとしている。千野隆尋というメインソングライター/ボーカルの表層から離れ、さまざまな人格を主人公としたさまざまな人生の物語を具体的に描くことで、さまざまな苦悩に寄り添う音楽を作ることに成功しているんです。

グッドの曲のテーマは常に抽象的で、でも歌詞の描写は常に恐ろしい程に具体的です。だからこそ、1枚のアルバムで少なくとも1曲は今の自分を慰め、支えてくれる曲に出会える。「誰もいなくなった 深夜の高架下/缶ビール開ける 音だけが響く」で始まり、「誰もいなくなった 深夜の高架下/歩き出す靴の 音だけが響く」で終わる『あとさき』の生々しさに寄り添われて、あの日の僕も先輩も何とか生きていたのだと思います。

どんなひとも取り零さない、どんなひとをも掬い上げる。グッドの音楽の真摯さの現状での最高到達地点が、この『花歌標本』というアルバムなのだと思います。


2020年に結成15周年を迎えて、昨年ベスト盤も出したグッド。ここにきて本当に「すべてのひとを掬い上げる」覚悟を感じるアルバムを作るに至ったのは、タイトルにも入っている“標本”のように、今の自分達のあり方を“遺していく”覚悟からきたものなのかも知れません。アルバムの最後を飾る『標本』には、「流行り物に流されるより あなたに尚響く歌を/自分を生きた誇りとして/死んでも尚生きる歌を」というフレーズがあります。彼等の望みはもしかしたら、自分達の名前が売れることではなく、自分達が消えてなくなってしまった後の世界でも歌い続けられるような、祈りのような音楽を遺していくことなのかも。(まあ普通にもうちょい売れてほしいですけどね、ファンとしては!!!)
だって、僕達の生活や生命はいつ消えてなくなってしまうかわからないほど不安定で、儚いものだから。彼等はきっと、そのことをずっとわかっていて、だからこそ音楽を作り続けているのでしょう。次のライブすら無事に出来るかわからない、この儚い世界で、めげずに、幾つも。


彼等が標本にした、さまざまな色やかたちをした物語は、きっと今、いろいろな不安や悩みや絶望に苛まれているあなたの欠落や喪失のかたちに、すっぽりと収まってくれるんじゃないかと思います。

先輩もまだ聴いてるといいな、GOOD ON THE REEL