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【店主的2021年名盤紹介・その1】KEYTALK『ACTION!』

最近更新止まっており申し訳ございません、店主イガラシです。noteの方やお仕事として頂いた書き物は元気にやっているのですが、こちらで出来そうな企画などが見当たらなかったり、やってみたい事はたくさんあれど時間がなかったりするまま年末を迎えてしまい……。いやはや、言い訳ばかりで新しい年を迎えてしまうのも情けないので、ひとまず年始に向けて2021年にリリースされた推しなミュージシャンのアルバムの中から特に印象深かったものを幾つかピックアップして語るやつをやろうと思います。

前もって書いておきますが、別にこれ、順位をつけようってわけではないです。その辺の音楽メディアやいわゆる通の方がやってらっしゃるよくあるブログみたいにどのアルバムが1位だとか2位だとかランクをつける意図もないですし、ここで取り上げなかった作品が良くなかったわけでもないです。ただただ僕の中で様々な事情から印象的だった作品を選りすぐってご紹介する、マジの“2021年を表す盤”達という事になります。では、さっそく行ってみましょう!!!

 

KEYTALK『ACTION!』(2021年8月リリース)

約2年ぶりのKEYTALKの新譜。ファンとしては本当に「待ってました!!!」という気持ちで、相当気が向かない場合以外はどんなものを出されても美味しく頂く気満々だったのですが、想像していた以上に沁みました。

これは僕の持論なのだけれど、日本語のロックってあんまり生々しい、私小説みたいな具体性のある言い回しと言うのは向かないものだと思っていて。具体的な地名なんかも「百道浜も君も室見川もない」程度のスケールの方が綺麗に見えると思っているんですが、KEYTALKはその辺りの力加減が絶妙なソングライターばかりが集まっているバンドだと思うんですよね。生々しい小説的表現となるとクリープハイプぐらいブラッシュアップする必要性があって、その点KEYTALKの、特に義勝さんが手掛ける作詞の抽象と具象の狭間を行き来するような表現はとても日本語の“詩”らしくてすっと胸に染み入るんです。日本語ロックを、特により幅広い層へポップに響かせるためには、“詩”である必要性がある。

本作では特に『大脱走』『不死鳥』『あなたは十六夜』が白眉。リード曲にもなっている『大脱走』なんかはほぼ抽象的な言葉遊びに溢れているのだけれど、タイトルとサビの印象的な部分に配された“大脱走”というフレーズから、ああこの曲は何か強大な力から逃げ出そうとしているひとの歌なのだなと認識させる事に成功している。聴き手の情緒によって、何かの追っ手からなのか、権力からなのか、はたまた脱獄でも図ろうとしているのか……と想像が働きますよね。

僕は情勢的に、自由な行動が制限されがちなライブシーンや果てはこの世の中すべてに対する宣戦布告のような“ポジティブな怒り”を表現しているのではと想像するのだけれど、真実は天才・首藤義勝のみぞ知るところです。

そんなこんなで怒りや淋しさ、切なさ、勿論ネガティブな気持ちだけでなく夏を目前にしたワクワク感や恋心、色々な感情が想像力を掻き立てる絶妙なドラマチックさで描かれるアルバムになっているのだけれど、ここでアルバムのジャケットデザインを振り返ってみましょう。


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(スクショめっちゃ撮った)

ご覧ください。映画の撮影現場で使用される、いわゆるカチンコってやつですね。

アルバムタイトルに引っかけたデザインなのだと思うのですが、そもそもこのタイトルには“動き出していく”といった意味合いが込められているそうです。不自由を強いられた2020年を乗り越えて、ここからまた動き出していこうというような意味でドラムの八木優樹大先生がつけられたのだと思うのですが、これがまた意味深長。相変わらず多彩な曲達を1曲1曲聴いていくと、それらはまるでバラバラの物語と作風の映画のような趣きを感じるんです。

多分ですが、彼らの最大の売りである多彩な作風と、さっき触れた聴き手の想像力を掻き立てる抽象と具象の狭間を行き来する“詩”が、聴き手の中でそれぞれの物語を醸成するためなのだと思います。言わば脚本・監督・主演:KEYTALKによる、僕達それぞれに向けられたオンリーワンの物語集。

ここでアルバムの後半、特に最後の2曲にフォーカスしてみましょう。義勝さん作詞曲による優しいラブソング『愛文』と巨匠作詞曲のバラード『照れ隠し』。どちらも大事なひとへの想いを素直に伝えられないもどかしさとそれを乗り越えたようなストレートさを感じる曲なのだけれど、ここだけ急に世界観がミニマルになります。誰もが共感出来る、とは敢えて言わないけれど、きっと誰もが追体験出来る物語になっているんじゃないかと。だって相当家庭環境が最悪じゃない限り親やそれに準ずる優しい存在への感謝って誰もが抱きうるものだし、恋人だけでなく友達なんかへの感謝ってなかなか伝えられないものだし、自分に優しくしてくれるひとに対して無碍に扱ってしまって後悔した経験って、きっと多くのひとにとって身近なはず。巨匠の「初めて食べたアイスクリームの優しい甘さ」という妙に具体的な描写が郷愁を誘います。

綺麗で優しい歌だけれど、どちらも現実に向き合わなければならない物事について歌っている。他の収録曲のドラマチックさとは少し違っていて、まるで「これはあなたたちの物語だよ」と言ってくれているよう。「これはあなたたちの人生という物語だよ」。

幾重にも重ねられた劇的な物語達が、彼らの音楽を享受する僕達人間の“人生”というかけがえのない物語へと集約されていく。その物語は決して映画のように自由ではないし、ロマンチックでもカッコよくもないし大団円もないけれど、だからこそそれまでのたくさんの劇的な物語が必要なのだと感じさせられます。彼らは常日頃から「聴いたひとたちが元気になれるような音楽を」と言い続けながら、決して明るいだけじゃないポップロックをやり続けているバンドマンなわけだけれど、彼らの紡ぐ物語達はやはりかけがえのない、僕達がリアルに生きる“人生”という物語を守り、より楽しむための現実逃避の舞台として存在してくれているのだなと改めて思い知らされました。

現実逃避は決して悪いものではありません。現実を逞しく生きるためには、時には非現実が必要なのです。KEYTALK監督の次回作が今から楽しみです。

 

正直、ツインボーカルのおふたりによる作詞曲の楽曲ばかりな事に気づいた時は(一体どんな意図が……?)とやや戦々恐々としたのですが、「純粋に今アルバムに入れたい曲を選んだらたまたまそうなった」というような旨の発言をインタビューでされているのを読んで安心しました。なんて職人気質なの。それにしても……小野武正先生作曲八木大先生作詞による幻の曲『魔ガレー』はいつリリースになるんですか!!!