偏好文庫-「好き」を解釈し続けるメディア-

いろんな“好き”を愛するための(ひとり)メディア、偏好文庫です

【2018年4月執筆】ディスクレビュー:KEYTALK『Rainbow』:虹の彼方へ駆ける方舟

※この記事は2018年4月に店主イガラシのnoteにて公開された記事に加筆修正を加えたものとなっております。情報は記事執筆時点のものとなっておりますので、何卒ご了承ください。



オズの魔法使い』をご存知だろうか。

大して読書家でなくとも、誰もが子供の頃に読んだ事があるだろう童話だ。主人公の少女ドロシーは幸せに暮らしていた家族のいる街から可愛い飼い犬と共に竜巻に攫われ、家族のもとに帰る方法を探す。そんな旅の道中出会い仲良くなったライオン、ブリキの木こり、そして案山子の願いを知った彼女は、彼等の願い事をも叶えるべく三人(三体?)と共に、何でも願いを叶えてくれると言う「オズの魔法使い」のいる国を目指す——と言う物語だ。映画としてもよく知られ、Mrs. GREEN APPLEの楽曲にもテーマとして選ばれている物語だが、そのテーマソングが『虹の彼方』と言う曲だと言う事を知っている人は意外と少ないようだ。


三月にリリースされたKEYTALKのアルバム『Rainbow』。タイトルの意味するところは見たまんま、読んだまんま「虹」。多分このタイトルから受ける印象はカラフルな、色んなタイプの楽曲が沢山収録されてそうな多彩・多様な雰囲気だと思う。僕も実際そうだった。
聴いてみると、確かに耳に鮮やかな粒ぞろいの曲達が溢れていて多彩な印象を受けたが、前回の『PARADISE』の方がどちらかと言うとカラフルなイメージ。なんたって全十七曲入り、一曲につき平均三分ぐらいだったのだあのアルバム。気が狂ってるな。


『Rainbow』と言うアルバムの中に広がる世界は、一言で言って「男前」。ここにはポップなカラーリングのカラフルな世界観はない。

一曲目、『ワルシャワの夜に』のイントロが耳に雪崩込んだ瞬間、僕はまるで電流を脳に流し込まれたような痺れを覚えた。特に冒頭三曲、『ワルシャワ〜』と『暁のザナドゥ』、そして『ロトカ・ヴォルテラ』の流れがもうたまらない。もう「音楽を流し込む」なんてもんじゃない。「音楽が雪崩込んでくる」だ。行った事も見た事もないヨーロッパのダウンタウンの路地に連れて行かれたような風景が、一瞬で脳裡を支配する。これは最早「聴くハードボイルド」だった。
脳汁が炸裂する。脳味噌がエンドルフィンとドーパミンに溺れて酔っ払いそうだ。シングル『ロトカ〜』をリリースしたぐらいの頃からベースボーカル義勝さんがインタビューなどでよく言っていた「強い曲をやりたい」と言う欲求が、遂にかたちになったのだと思った。

ロックミュージシャンは誰もが「カッコイイ」音楽を目指す。KEYTALKも例外なくそれを目指しているだろうが、まだ若手のミュージシャンなんかは自分が理想に思う「カッコイイ」曲を理想通りの「カッコイイ」形で表現しきれるだけの技術や余裕を持ち合わせていないと思う。僕は小説家を志しているが、自分が本当に理想とする「面白い文章」なんて、今まで書けた試しがない。
しかし、このアルバムの中でKEYTALKは正に彼等が理想とする「カッコイイ」音楽を、的確に表現出来ているんじゃないかと思った。「カッコイイ」ものを作ろうとしてちゃんと「カッコイイ」ものを作るなんて、簡単に出来そうだけれど全然簡単じゃない事だ。

瑞々しい疾走感はあれどもそこには確かにオトナのロックバンドとしての余裕が共存し、自分達の持つ“青臭さ”“男臭さ”をいわゆる確信犯的に活用しているのがよくわかる。
九十年代に一世を風靡したバンドブームを思わせるメロコア、昭和のキャバレーで何処からか聞こえてきそうなジャズ歌謡、渋谷のカフェでDJが回していそうな肩から力の抜けたお洒落ロック。かつてインディーズ時代に彼等が憧れ何度も表現してきた世界観を、遂に今、彼等は本当にモノにしたのではないかとすら思う。

冒頭の怒涛のような義勝謹製ゴリゴリロックンロールゾーンの奇襲を乗り越えると、次はギター武正さんとドラムの八木氏による楽曲が存在感バキバキに待っている。煌めくように眩しいシンセと渦巻く輪廻へ導かんばかりに弾き倒されるテクニカルギターに圧倒される『nayuta』、そしてお酒をテーマにしたらしい(!)セクシーでノリノリなパーティチューン『テキーラキラー』。誰よりもバンドをよく知り、ボーカルの声をよく知っているオリジナルメンバーのふたりによる楽曲は、ボーカルふたりの新しい顔を引き出してくれる、破壊力満点の起爆剤。どんな楽曲のどんな役柄も次々演じ分けるふたりの表現力の高さは勿論、ここ数年でメキメキ増し増しな色気もこれでもか!と引っ張り出されている。特に『テキーラキラー』……八木氏、良い同人作家になりそう……。

そして勿論、リリースを重ねる程にパワーアップするツインボーカルの歌を底上げする、オリジナルメンバーのふたりの進化も凄まじく感じる。曲によって力強く、そして柔らかく、柔軟に印象を変えるドラム。そしてキャッチーさと哀愁を持ち合わせた切なくも楽しげなギタメロ。パワフルなのに泣ける。


クライマックスに差し掛かると、圧倒的に「強い」このアルバムの別の側面が見えてくる。それは、「優しさ」だ。そしてその「優しい」部分を大きく担っているのは、誰あろう“巨匠”=ギタボの寺中氏である。

ハードボイルド作家チャンドラーの作品に出てくる探偵、フィリップ・マーロウのとある有名な台詞を引用したい。

「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格はない」

このアルバムでの巨匠の楽曲——特にアルバムタイトルの由来にもなったらしい『Rainbow road』は、この台詞の後半の役割を果たしているように感じられた。列車が走っていくような心地よい疾走感に彩られたこの曲は、次のような歌詞で締めくくられている。

「いつか僕にも 描けるだろうか
君が憧れる 七色の放物線」

実はこのフレーズ、義勝さんの手による一曲目『ワルシャワ〜』のサビのフレーズと奇しくもリンクしている。

ワルシャワ〜』で「儚い今日を生き」ながら虹を追いかけていた彼等は、この曲で「追いかけられる方」である虹を、その手で描き出そうとしているのだ。まるで、挑戦者にその座を譲り渡すチャンピオンのように。そこには、強さに必要不可欠な、地に足のついた優しさがある。アツい。

そしてそんな、男前な「強さ」と「優しさ」をも全て包み込む、最後の一曲『FLOWER』。義勝さんはこの曲で、神々しい程に優しく、母性さえ感じる穏やかな世界を描き出している。
嘘でもいいから愛してほしい、と言った切実な想いを至極ポップに歌い続けてきた彼が描く「無償の愛」は、ただそれだけで尊い

「優しい世界」と言う言葉が印象的なこの曲。彼の愛が作り出す「優しい世界」にはきっと、鮮やかで美しい虹が描かれているのだろう。そして、そこにいる彼等は現在の彼等が目指している(多分)、「強くて優しい」オトナのロックバンドに華麗なる変身を遂げているに違いない。


オズの魔法使い』でドロシー達は虹の彼方にある魔法使いの国を目指した。

アツさ、セクシーさ、泣きメロ、楽しさ。ロックバンドの美しいところを全て詰め込んだようなこのアルバムは、現在のKEYTALKを乗っけて虹の彼方へ運び届ける、方舟の役割を果たしてくれるんじゃないか。

彼等の旅はまだ始まったばかり。花も嵐も乗り越えて、虹の彼方の新世界へ駆け抜けてゆく様を、いつまでもいつまでも見つめていたいと思った。